
- 樹幹上での穿孔部位の決定過程 - 穿孔密度の上昇に伴い下から上へ -
- ナラ枯れ被害木を観察すると、穿孔穴は地際部に集中しており、樹幹上で一様には分布していないことが分かります。このような穿孔穴の分布はどのような過程で生じているのでしょうか。また、穿孔部位や穿孔のタイミングが異なると、繁殖成功度も異なっているのでしょうか。
穿孔穴の分布の変化については、夏期に被害が発生しそうなミズナラを対象に、樹幹上の穿孔を週1回標識することで調査しました。その結果、カシノナガキクイムシは穿孔開始後3週間は地際部に集中して穿孔するものの、地際部の穿孔密度が高くなってくるに従い穿孔箇所は上部に移行していくことが分かりました。
穿孔部位によって繁殖成功が異なるかどうかについては、前年被害木の穿孔穴に羽化トラップを取り付け、脱出してくる次世代虫の頭数を集計し、高さや密度が影響を及ぼしているかどうかを調べました。穴は開いているものの次世代虫数はゼロであることが多かったので、まず繁殖成功確率(1頭以上の次世代虫が羽化脱出する確率)に何が影響しているかを調べたところ、地上高が低く凹んだ部位ほど繁殖成功確率が高くなっていることが明らかになりました。また、繁殖成功度(何頭の次世代虫が羽化脱出するか)には周辺の穿孔穴の密度が影響を及ぼしており、密度が中低度なときに繁殖成功度が最大になっていることも明らかになりました。
穿孔するタイミングによって繁殖成功が異なるかどうかについては、ミズナラを対象に樹幹上の穿孔を週1回標識し、翌年次世代虫が羽化脱出した後に坑道の長さを針金で測定することで間接的に評価しました。カシノナガキクイムシの坑道は単純な一本道ではないので、このように測定した坑道の長さは繁殖成功度の指標にはならなかったのですが、最初に雄が穿孔しただけで雌が来ていない浅い穴(繁殖失敗)と、雄が穿孔した後に雌が来て坑道が拡張されている長い穴(繁殖成功)を区別する指標としては有効でした。調べてみると穿孔時期も穿孔順序も坑道の長さには影響を及ぼしておらず、穿孔するタイミングによって繁殖成功確率は変化しないことが示唆されました。
被害木の地際部は枯死後も含水率が高いまま維持され、カシノナガキクイムシの食餌菌にとって良い環境になっていることが示唆されています。このような環境を最初に飛来する雄が選好する結果地際部に集中的に穿孔穴が形成され、後に飛来する雌も低い部位に開いている穴を選好する結果繁殖成功確率も地上高が低いほど高くなっていると考えられます。ただし、様々なタイミングで飛来した雄成虫がその場その場で最適な部位を選択して穿孔しているので、繁殖成功確率に穿孔のタイミングは影響しないのでしょう。
周辺の穿孔密度が高くなると繁殖成功度が低くなるのは、坑道構築場所をめぐる材内での競争が激しくなることで説明できます。では、密度が低くても繁殖成功度が低くなり、密度が中程度の時に繁殖成功度が最大になるのは何故でしょうか。カシノナガキクイムシは食餌菌以外に樹木を枯死に至らしめる病原菌も材内に持ち込むのですが、樹木側の抵抗性を打破するためには局所的に集中して病原菌を植え付けた方が効果的だと考えると、ある程度密集して穿孔した方が有利です。密度が高すぎると競争が激しくて適応度が低下し、密度が低すぎると樹木の抵抗性に打ち勝つことができず適応度が低下する、その結果、密度が中低度の時に適応度が最大になっているのかもしれません。
以上より、カシノナガキクイムシは寄主に着地後、樹幹上の環境や穿孔穴の混み合い度などを鑑みて、繁殖成功度が最大になるような部位を選んで穿孔していると考えられます。カシノナガキクイムシが実際に樹幹上でどのように行動し穿孔部位を決定しているのかについては、本研究では調べることができませんでした。今後の課題です。